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高野台今昔

      



芸能界きってのおしどり夫婦と言われる俳優の江原真二郎さん・中原ひとみさんは、練馬に住まれて約四十年、その当時はほとんど畑で気温も都心より四度くらい低かったとか・・・

(平成8年9月日本経済新聞より)

そうなんです、数は減りましたが今でも田畑も残り、花や緑も多く四季折々に咲く花々が心を癒してくれる街、練馬高野台は、春になるとめじろやうぐいす達がすてきな鳴き声を聞かしてくれます。

航空写真昭和22年頃

昭和22年頃の高野台(枠内が写真とほぼ同じ範囲)

写真をクリックすると「写真で見る高野台の歴史」が見られます。

航空写真平成4年頃

平成4年頃の高野台(高野台駅着工前)

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東高野山長命寺
東高野山長命寺

練馬高野台駅の西側に長命寺というお寺があります。武蔵野三十三観音霊場めぐりの一番札所にあたる寺
です。
また御府内八十八ヶ所霊場17番札所、豊島八十八ヶ
所霊場17番札所でもあります。
詳しくは写真をクリック

谷原氷川神社
谷原氷川神社

高野台駅の北側に谷原氷川神社があります。
境内には、末社三社と稲荷神社が合祀されています。当社より北に約500mの所には境外神社として市杵島神社があり、ミノワチクシン弁財天を祀っております。
詳しくは写真をクリック

御嶽神社


水盤

南田中稲荷天祖神社
南田中稲荷天祖神社南田中稲荷天祖神社

境内には御嶽神社、稲荷神社、須賀神社を祀ります。地元では一山様とか、谷原のおんたけさんという名
で知られます。
幕末に広まった木曽御嶽に対する信仰、一山講が
明治に入って盛んになり、その先達を増島大伝氏が
つとめ、練馬の各地に御嶽信仰を広めました。
明治8年に大伝は、境内に一山社を建設し布教に
はげんだ結果最盛期には講員が800人を数えたと
いわれます。御嶽講の水盤は正面に木曾御嶽神社の
神紋が刻まれています。
(練馬区登録有形民俗文化財)

南田中稲荷天祖神社は、昭和50年稲荷神社と天祖神社が合併して南田中稲荷天祖神社となりました。
南田中は、天正18年1590年頃は、谷原村(現、高野台)とともに増島左内という人の領地で、南田中稲荷天祖神社の北を流れる石神井川一帯は水田でした、今も橋の名に残る長光寺や薬師堂という古い寺院がありました。観蔵院(南田中4−15)には通称日出薬師と呼ぶお堂があり薬師像が祀られていますが、当時の薬師堂は笹目通りより東側にあったそうです。

愛宕神社
  


谷原交差点裏の建物の間にある細い石段を上ると、
鳥居の先に愛宕神社がひっそりと鎮座しています。
愛宕神社の本社は、京都市最高峰の霊山の愛宕山の
山上に鎮座し火伏せ.防火に霊験のある神社として
知られます。港区の愛宕山に鎮座する愛宕神社も
23区最高峰に鎮座し、高野台の愛宕神社も高野台
では最高峰??の地に鎮座します。
創建は大正12年といわれています。

愛宕神社

 

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